グルメ・料理・レシピ関連本紹介します。
一志 治夫

失われゆく鮨をもとめて

失われゆく鮨をもとめて 人気ランキング : 837位
定価 : ¥ 1,470
販売元 : 新潮社
発売日 : 2006-11-29
発送可能時期 : 通常24時間以内に発送
価格 : ¥ 1,470
美味しさを楽しみ続けるには、ちょっとの我慢

目黒の鮨屋の親方佐藤衛司との彼の鮨に惚れこんだ一志は、
佐藤の鮨、広くは食への執着を追いかける。
取材の対象は佐藤の情熱の向かう場所、情熱をぶつける人たち、
佐藤に負けない情熱を持つ人たち。
市場に始まり漁場、米屋、酒屋、味噌屋と広がる。漁師であり、職人であり、生産者。

読むだけで食指が動くが、
一方気になったのは、行く先々で最前線の男達が口を揃えるていう言葉。

「魚(貝)が減っている」

理由を問うと大抵は「捕りすぎ」となる。

目先の生活のためにはそうせざるを得なかったケースもある。
しかしこれでは現場の人たちが共倒れしてしまう。
この現場の苦悩は後に消費者である我々にやってくる。
消費者である我々が求めた結果でもある。
安く美味しく食べられたものが食せなくなってしまう。
美味しい貝や若布の味噌汁が食べられなくなるかもしれない。

日本の素晴らしい食文化を継続して味わうには「ちょっとの我慢」が
必要なのだと思う。

それにしても鮨を食べたくなる。

200年の到達点

一切の妥協を許さず最高の素材で鮨を提供する職人(目黒の親方)に付き添い、全国各地へ仕入れ行脚を重ねる。
自然環境と業界環境がともに刻々と変化しており、刻々と最高の魚介類の仕入れは難しくなっている。
弾圧のなかでも静かに信仰を護持する宗教家のように、親方の拘りはともすれば「何もそこまで」と言われかねない凄みがある。
著者は、庶民の食べ物として生まれ、時間の中で独自の芸術様式へと昇華した江戸前鮨200年の歴史の、一つの到達点として親方の鮨を記録しようとしており、その試みは成功していると思う。
いい鮨は高い。高い価格に納得して支払う食べ手がいるから鮨屋が商業として成立・発展している。
本書に登場する本物とされる鮨屋が、食べ手を失い商売にならなければ滅びるか、もしくは保護されるべき伝統文化としてダイナミズムを失いつつ延命するしかない。
つまり一席で数万円の鮨を食べる人々の存在と彼らの味覚が、鮨文化の命運を握っていると言える。
本書には食べ手側の変化や鮨店の商業論はほとんど登場しない。
著者の探求が単なるグルメスノビズムではないのであれば、日本人の食文化の一部としての鮨論、ビジネスとしての鮨屋論も、今後展開されることを期待したい。

鮨を喰うということは、「命」を頂くことである。

これはグルメ本でも、「鮨」にありがちな高級店の評論でもない。真摯に「鮨」と向き合い、「鮨」を通じて人間、社会、環境を描いたノンフィクションだ。鮨好きの著者は、ある時こぢんまりとした鮨屋を発見した。銀座でも築地でもなく目黒のとある住宅街にひっそりとあるという。そこで出会ったものは、今までの概念を一瞬にして覆すような「世界一幸福な食事」。その店の親方と鮨に魅了された著者は、その鮨の秘密と技、哲学を知るべく、日本各地へ旅に出た。北は利尻、南は奥志摩。親方が仕入れる魚、貝、それを生み出す人々を自分の目で確かめるために、現地取材を繰り返した。そこで聞く漁師や生産者の話には共通項があった。それは食材へのこだわり、愛情、食の哲学。更には、海洋汚染など食材をとりまく危機的状況だ。また海の命を後先考えずに根こそぎ奪う漁業者達の存在もある。親方のこだわりは鮨ダネの海産物だけではない。米、酢、酒、氷など全ての食材は、徹底して選び抜いた本物であり、それら生産者の熱い情熱は狂気でもある。それはただ単に「食べるもの」を作るという考えを遥かに超え、命である食材を丁寧に扱い、最高の良さを引き出した上で、客に美味しく出すことまでが考えられている。そして最高の食材を余すことなく、感謝の心を持って、丁寧に愛情を込めて料理をするのが、この親方なのだという。江戸っ子である親方のこだわりと人情は、忘れかけられている日本人の魂の様にも感じる。食材の命を大切にし、食の重要さを説く。その哲学と心意気には恐れ入った。おりしも最近マグロ漁獲高を巡る議論がなされているが、「マグロ大国日本」には死活問題だろう。しかし問題はマグロだけではなく、いまや全ての魚介類が危険にさらされている。そういった意味でも、「鮨」を通じて環境問題までをも掘り下げ、同時に「食育」についても訴えるこの本は、非常に貴重だろう。著者の先見の明に敬服。

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